2月2日、風が強く、寒かったこの日、直島で『海苔(のり)作り』を見せて頂ける機会を頂いた。
波が高く、高松からの大型フェリーも時おり揺れた。
やがて、直島・宮浦港(みやのうらこう)に入ったところで海苔のタンクが見えてきた。
船から『海の駅 なおしま』に向かって左側にならぶタンクの風景。
今回は、竹林水産(たけばやし すいさん)さんにお邪魔した。
竹林 亨(たけばやし とおる)さん。直島生まれ直島育ち。 奥様の 知香子(ちかこ)さん。大阪ご出身。
約10年前に大阪からUターンし、直島で海苔作りをされている。
大阪でサラリーマンだったが、
同じく大阪でOLをされていた奥様とご結婚と同時に、
直島のご両親の跡を継ぐことを決意された。
『直島はええところや。両親のあとをつぐ生き方で自分の人生を勝負したい。』
サラリーマンをやめ、奥様と一緒に自然を相手の生き方を選ばれた。
以来、海苔づくり一本の生き方を実践されている。
今日は、そんなご主人と奥さんの、海苔つくりを見せて頂ける。
その前に、直島の海苔について・・・・・・。
『直島の海苔養殖は、昭和40年(1965年)の沖合養殖から始まり、
以来加工作業の機械化とともに生産が拡大され、今では香川県内最大の生産地になった。
毎年、11月から翌3月までの間、海苔網(1枚=19m×1.8m)1万6千枚余りを張り込み、
乾燥海苔約1億枚を生産する。
海上での海苔摘み取りの際使用される『潜り船』は直島の組合員が開発し、全国に普及したものだ。』
(以上、『直島漁業協同組合』広報による。)
さて、いよいよ海苔作りを見せて頂いた。
――― 海苔はどうやってできるんですか?
大事なんは水温と栄養や。
24℃以下になった時、網に種付けし、19℃以下に水温の下がった11月頃に
沖の養殖場に網を貼り込む。
海苔は、水温が低くなる時に成長するんや。
この時期に獲れた海苔はやわらかい。
安定しとるときは成長せん。低いんがえんではない。
水温が下がっていっきょらんといかんのや。
この頃は、だんだん水温が下がるのがおそくなってきて、
いつもなら11月末に摘めるのが、今年は、12月20日頃になった。
環境がかわっってきよんかなぁ。1度、2度が大きいんや。
13℃以下になったら、水温が安定しとっても成長するんや。
この時期のは、しっかりしていて、ちょっと硬い。
同じ養殖場でも、摘む場所や、状況によって質が変わる。
軟らかいんと、硬いんとそれぞれ用途があるんや。
――― では、摘んでから製品になるまでを見せてください。
午後、2~3時ぐらいに、沖の養殖場から『潜り船』(海苔を摘む船)で摘んでくる。
宮浦港の沖にある竹林さんの養殖場。
摘んできた海苔は、すぐタンクに入れ鮮度保持しながら洗う。
軸のヘラが回って撹拌している。・・・これが、港で見えるタンク。
夜の9時~10時ぐらいから、乾燥海苔を作り始める。
海苔をさらに洗い、きれいにする。
海水を切りミンチにする。
製品の照り、ツヤをよくするために熟練機で調整する。
ここでは海水分は抜けている。
海苔の濃度を調整し、さらに水を加えさらに調整する。
ここでの調整が難しい。(一枚、21×19cmの重さを330~350gにする)
いよいよすき始める。
おなじみの形で出てきた。
水気を切り、乾燥工程へ入る。
2時間40分乾燥された後、
海苔だ!! 1時間に約9千枚できる。
自動で束になり、箱詰めされ出荷される。
シーズン中は毎日、徹夜での作業が続く。
工場にご家族みんなで泊まり込むという。
――― シーズンオフはゆっくりできますか?
農家の作物づくりといっしょや。一年中なんかしとる。
網の手入れや、機械の調整やいっぱいすることがある。
なかなかゆっくりできんけどたまには、ゆっくり他の島にもいってみたい。
――― 養殖場へついて行ってもいいですか?
見せてあげたいけど、今日は波が高うてく素人には危なすぎるけんやめときまい。
また今度きまい。
ボートに立ってさっそうと沖に留めてある『潜り船』へ出かけていきました。
残念!!
せめてもと工場で香りを楽しんだ。
出来立ての海苔。焼くと香ばしい香りに満足。
磯の香りと味がした。
Uターンでご両親が始めた仕事を継いでゆく。
そんな、父親と、母親が働く姿を間近に見て育つ子がどんな選択をするのだろう。
――― 次の世代はどうですか?
子供たちは自由や。自分の好きにしたらええと思うとる。
寒く冷たい風の吹く一日だったが、私の帰りの気持ちはすがすがしかった。
竹林さんご夫妻、ありがとうございました。




























