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島島探訪記(サワラ隊)
【大島】大島にみんなで行こう「かわせみ探検隊」のお知らせ
ささやん   2012年2月21日(火)

 かわせみ探検隊実行委員会 主催の

大島にみんなで行こう「第6回かわせみ探検隊」大島遠足 があります。

【日時】  2012年4月1日(日) 10:30~16:45

【場所】   国立療養所大島青松園(高松市庵治町)

【参加費】 1人 500円(保険料、通信費として) 受付後振込用紙を送付します

       ※未就学児は無料

【定員】   50名(先着順)

【スケジュール】 10:30~16:45

 [1] 瀬戸内海ミニクルーズ 官用船にて大島へ

 [2] みんなでお弁当を広げて花見をしよう

 [3] 大島探検 入所者と交流しながら園内探訪しスタンプを集めよう

 [4] 瀬戸内海国立公園 大島海岸の清掃作業

 

【準備物】

 お花見の準備(弁当、飲み物、敷物など。火気は使用不可)

 動きやすい服装、 雨具、保険証

 

【申し込み方法】 

 =============================

    〒761-0103

    高松市新田町乙8 高松医療センター気付

    ハンセン病問題を考える市民の会 内

    かわせみ探検隊実行委員会 

 =============================

 まで、グループで1枚の返信用宛先ご記入の往復ハガキで、

 以下をご記入の上お申し込みください。

    1)代表者の氏名、住所、性別、年齢、連絡先(日中連絡の取れるTEL)

    2)参加者の氏名、住所、性別、年齢

    3)必要な弁当(お茶付)の数(必要な場合のみ、別料金1つ800円が必要)

 

【締切】 3月9日必着 (但し、定員に達し次第締め切り)

 

【お問合せ先】・・・・詳細は下記へお問い合わせください。

 高松医療センター気付 ハンセン病問題を考える市民の会内

 担当者 : 酒井 TEL:(090)9775-8473

 

※気象・船舶の具合などでスケジュールの変更・中止となる場合があります。

 問い合わせ先にご確認ください。

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【大島】 ハンセン病を正しく理解する講演会
ささやん   2012年2月19日(日)

2月16日、高松で開催された講演会に参加した。

 

『平成23年度ハンセン病を正しく理解する講演会』(主催 : 高松市)  (案内パンフレット

  

 

 

平日昼の開催にもかかわらず、会場は300人を超える参加者が集まった。

 

主催の高松市・大西市長のあいさつの後、14:00に公演が始まった。

 

 

 

講演 1) 国立療養所・大島青松園園長 新盛 英世(しんもり ひでよ)氏

 

・・・・・『ハンセン病について』。

ハンセン病の感染、発症メカニズムや過去から現在への治療法変遷などを医学的見地から講演された。

 

 『ハンセン病はもはや過去の病気となった。

今後、我々は、これまでの経験を“理由なき差別と偏見”への警告として活かさなければならない。』

と結んだ。

 

 

講演 2) 大島青松園入所者自治会・前自治会長 森 和男(もり かずお)氏

 

・・・・・『ハンセン病問題と大島青松園の現状』。

ご自身の入所以来の体験と現在までの国の法的措置の変遷をお話しされた。

また、昭和二十年代約700人いた入所者が現在九十数人になった現実を前にした今、

今後島がどうなるか、また、どうあるべきかを真剣に考える時が来たという。

 

 『2011年の瀬戸内国際芸術祭への参加は、大島の存在を広く知ってもらえて、

将来の解決策をみんなで考える機会となった。

次回2013年の芸術祭に際してもさらにその機会を生かし、

時代に沿って変革し行動する契機としたい。』

と結ぶ。

 

 

 

講演 3) 名古屋造形大学やさしい美術プロジェクトディレクター 高橋 伸行(たかはし のぶゆき)氏

 

やさしい美術プロジェクト』として、大島にいきいきとした時間と空間を作り出し、

島の内と外のつながりを紡ぎだす{つながりの家}の活動を紹介した。

 

 『島の人の、(島で暮らしたい)(島を変えたい)(島を人の集う場所にしたい)(生きたあかしを残したい)

という気持ちを島の外の人も共有し語り合えるように、

【ギャラリー15】では、島の人が暮らしてきた生活の記録を見て頂きたいし、

【カフェ・シヨル】では、大島で焼いた食器で大島でとれた食材を頂く、

やわらかで温かい空気を体感していただきたい。』

と語った。

 

 

■ 二部では、ステージに高橋氏の他、

・【カフェ・シヨル】の運営スタッフ 泉 麻衣子(いずみ まいこ)氏、井木 宏美(いき ひろみ)氏、

・23年度大島青松園入所者自治会副会長  野村 宏(のむら ひろし)氏、

・国立療養所大島青松園介護長  永濵 良子(ながはま りょうこ)氏

を迎え、大島における交流の場としての【カフェ・シヨル】の存在を中心にパネルディスカッションへ入った。

右から、高橋氏、井木氏、泉氏、野村氏、永濵氏の各氏。 左端は、コーディネーターの蓮井氏。

 

永濵氏は、介護の立場からシヨルの存在を話され、入所者同士の共通の交流場所としての意味を語る。

 

野村氏は、島でとれた野菜や果物がシヨルで島外の人の口に入ることに隔世の感があるという。

今は亡き、先人が命を懸けて耕した畑から生まれる命がシヨルで多くの人に味わってもらえる事に

自身が畑を継承している立場として大きな喜びを感じる、できるところまでやりたいと語った。

 

泉氏、井木氏は毎月名古屋から大島に通って来て月の半分を大島で暮らす、

そんなご苦労と情熱をもとにシヨルを運営している立場から

『不便な交通事情にも関わらず、毎月常連となって大島に来てくれ、島の人と交流をしてくれている多くの

方々の存在をうれしいと思うと同時に、シヨルがさらに新しく来てくれる人にとってのきっかけになりたい。』

と話す。

 

最後に、高橋氏は

『大島でのシヨルが出会いや、つながりの場としての役割を果たしていることをうれしく感じていると

同時に、『こえび隊』をはじめとする島の周辺の若い人たちの活動をとてもうれしく思っています。

みなさん、大島に来て下さい。』

と結んだ。

 

 

 

・・・・今日の講演会に参加して、

大島での{つながりの家}の活動は、縛っているものと縛られているものを

同時に解放しようとするものだという印象を持った。

そして、シヨルはその解放の象徴的存在という気がした。

シヨルに行くことは私にもできる。

 

 

 

・・・・帰りに、ロビーでパネル展示を見た。

 

 

 

  

                            ・・・・・・・野村さんのカリンも来てました。

 

 

■ カフェ・シヨル 来月の開店日は

 3月10日(土)、11日(日)です。

 こちらでご確認ください。

 

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【直島】 直島で一番ご長命の男性
ささやん   2012年2月10日(金)

直島で一番ご長命な男性の方にお会いした。

 

勝呂 清(すぐろ きよし)さん。

現在、99歳。 

今年3月3日のお誕生日で100歳になられる。

直島の男性では、初めての100歳との事。

 

 

お宅を訪問し、先ず、ご長男の勝呂 澄男(すぐろ・すみお)さんにお話を伺った。

 

 

本日は よろしくお願いいたします。

 

―――  お父様の事をお聞かせください。

明治45年(1912年)3月3日、明治最後のお雛様の日です。

静岡県で生まれ、昭和12年(1937年)25歳の時、直島に来て三菱マテリアルで働き始めたんです。

そのころ香川の八栗(やくり)出身の母と結婚し、以来ずっと直島です。

母は、平成10年に84歳で亡くなりました。

 

子供は、5人。男は私だけです。

直島には3人。あとは神戸、尼崎に住んでいます。

 

 

――― 直島では最高年齢なんですね。

番付で男性横綱です。現在99歳。

今年の3月3日で100歳になります。

そうなれば、直島では初の100歳男性です。

 

 

平成23年12月31までに77歳以上となられる方の年齢番付。横綱だ。(直島町9/30日現在版)

 

今年度のお祝いとなるので総理大臣から祝い状と記念品の銀杯を頂いた。

 

福祉センターで授与式があったが、外に出れなかったので

直島町町が自ら自宅にもってきてくれました。

 

町の広報に載りました。

 

 

このときは額がなかったので、365×515の大きさの額を探したが

なかなか手に入らず困っていた時、第一号の孫(姫路在住)が音頭をとり

孫みんなで額をプレゼントしてくれ、父はそれに大感激して涙をながして喜びました。

 

 

――― 直系のご親族も多いのでは

全部で30人ぐらいになりますか。

孫は9人、曾孫(ひまご)も19歳になるのがいるので、玄孫(やしゃご)の可能性もあります。

 

 

――― 長生きの秘訣を伺ってみたいものです。

特に趣味というものはなく、パチンコは好きでした。

直島のパチンコ屋がなくなる3年ほど前までよく行っていました。

 

 

 

ごあいさつさせて頂きました。

 

  

総理大臣からの祝い状を手に快く撮影に応じて頂いた勝呂 清さん。

 

ありがとうございました。

 

3月3日のお祝いには、兵庫、大阪、岡山などから集まる親族で、

20人を超える身内の祝賀会が予定されている。

 

にぎやかなすばらしいお祝い会になることをお祈りいたします。

お元気でお過ごしください。

 

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【直島】 卒園お茶会・予行演習(直島幼児学園)
ささやん   2012年2月10日(金)

幼稚園の卒園記念にお茶会をやりますよ・・・・。

そんな話を聞き、直島の『直島幼児学園(米谷圭子 園長)』を訪問した。

 

 

米谷(まいたに)園長に伺いました。

 

――― どんな取り組みなんですか?

幼稚園でお世話になった方々へ、園児が卒園時にお礼として感謝とともお茶を差し上げる会です。

 

――― どんな方をお招きするんですか?

ご父兄、おじいちゃん、おばあちゃん、横断歩道のお世話をして頂いてる方など数十人の方をお招きします。

 

――― この取組はいつからですか?

3年前からです。

毎年、1年に4回ほど、お茶の先生をお招きし5歳児がお稽古します。

非日常の体験をとおして『おもてなし』の心に触れて欲しいと思ってです。

 

 

いよいよ、予行演習がはじまった。

 

 

 

お雛様もかざって・・・。            赤い毛氈も敷いた。

 

 

 

お茶の用意も                              お菓子も準備できた

 

 

さて、いよいよお客さんをお招きして・・・。

 

  

今日は、3歳、4歳の後輩にお客さんになってもらう。   亭主役の先生が和室入口?から入ります 

  

 

  

しずしずとお菓子をはこびます。 手を膝に置いてまっています。 どうぞ、お召し上がりください。

 

 

 

ひざの上で・・・4っつに切って・・・・ いただきます。 ちょっとやりにくそう・・・・。

 

 

 

 

その間に こっちでは、お茶をたてて・・・    

 

 

 

お菓子のお盆をおさげしたら・・・。

 

 

 

 

お茶をどうぞ・・・                   そうそう、両手をついて丁寧に・・・・こうやってね

 

 

頂く方もこうやって手をついて・・・・・ね

 

 

 

味わっていただきます・・・                          全部いただきます・・・

 

 

 

お粗末さまでした。 もういっぱいいかがですか・・・   結構です・・・ ありがとうございました。

 

 

この日は4回繰り返し1時間半ほどお稽古した。

 

 

ご指導の先生に伺った。

茶道・藪内流(やぶのうちりゅう)西田和子先生。

 

―――  みんなの筋はどうですか?

毎年それぞれ特色がありますが、今年はおとなしいです。

いつも毎年のお稽古始は、正座からです。

できない子が多く、はじめはしびれて歩けなくなる事もありますが、

後は、手順など呑み込みがはやく、口上もすぐ覚えます。

本番が楽しみです。

 

 

最後は私にもふるまっていただきました。

 

米谷先生(左)、西田先生(中)、といっしょに・・・。  結構なお手前でした・・・・ ありがとうございました。

無作法はお許しくださいませ。

 

 

卒園式当日は、今日のお客さんの側に、ご父兄や横断歩道でお世話になった交通指導員の方々

をはじめ多くの方が座る。

その何十人もの大人を前に、みごとなお手前を披露してくれるはずだ。

そして、会場は感動につつまれるに違いない。

その中をりっぱに巣立ってゆく15人の園児の大きな姿が見えるようだ。

 

2月29日、その本番を見せて頂く機会を頂戴した。

後日、みなさんにもその模様をご紹介いたします。

 

 

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【直島】 海苔(のり)作り見学
ささやん   2012年2月4日(土)

2月2日、風が強く、寒かったこの日、直島で『海苔(のり)作り』を見せて頂ける機会を頂いた。

 

波が高く、高松からの大型フェリーも時おり揺れた。

 

やがて、直島・宮浦港(みやのうらこう)に入ったところで海苔のタンクが見えてきた。

 

船から『海の駅 なおしま』に向かって左側にならぶタンクの風景。

 

今回は、竹林水産(たけばやし すいさん)さんにお邪魔した。

 

竹林 亨(たけばやし とおる)さん。直島生まれ直島育ち。 奥様の 知香子(ちかこ)さん。大阪ご出身。

 

約10年前に大阪からUターンし、直島で海苔作りをされている。

大阪でサラリーマンだったが、

同じく大阪でOLをされていた奥様とご結婚と同時に、

直島のご両親の跡を継ぐことを決意された。

 

『直島はええところや。両親のあとをつぐ生き方で自分の人生を勝負したい。』

サラリーマンをやめ、奥様と一緒に自然を相手の生き方を選ばれた。

以来、海苔づくり一本の生き方を実践されている。

 

今日は、そんなご主人と奥さんの、海苔つくりを見せて頂ける。

 

 

その前に、直島の海苔について・・・・・・。

 

『直島の海苔養殖は、昭和40年(1965年)の沖合養殖から始まり、

以来加工作業の機械化とともに生産が拡大され、今では香川県内最大の生産地になった。

 

毎年、11月から翌3月までの間、海苔網(1枚=19m×1.8m)1万6千枚余りを張り込み、

乾燥海苔約1億枚を生産する。

 

海上での海苔摘み取りの際使用される『潜り船』は直島の組合員が開発し、全国に普及したものだ。』

(以上、『直島漁業協同組合』広報による。)

 

 

さて、いよいよ海苔作りを見せて頂いた。

 

――― 海苔はどうやってできるんですか?

大事なんは水温と栄養や。

24℃以下になった時、網に種付けし、19℃以下に水温の下がった11月頃に

沖の養殖場に網を貼り込む。

 

海苔は、水温が低くなる時に成長するんや。

この時期に獲れた海苔はやわらかい。

 

安定しとるときは成長せん。低いんがえんではない。

水温が下がっていっきょらんといかんのや。

この頃は、だんだん水温が下がるのがおそくなってきて、

いつもなら11月末に摘めるのが、今年は、12月20日頃になった。

環境がかわっってきよんかなぁ。1度、2度が大きいんや。

 

13℃以下になったら、水温が安定しとっても成長するんや。

この時期のは、しっかりしていて、ちょっと硬い。

 

同じ養殖場でも、摘む場所や、状況によって質が変わる。

軟らかいんと、硬いんとそれぞれ用途があるんや。

 

 

――― では、摘んでから製品になるまでを見せてください。

午後、2~3時ぐらいに、沖の養殖場から『潜り船』(海苔を摘む船)で摘んでくる。

 

宮浦港の沖にある竹林さんの養殖場。

 

摘んできた海苔は、すぐタンクに入れ鮮度保持しながら洗う。

軸のヘラが回って撹拌している。・・・これが、港で見えるタンク。

 

夜の9時~10時ぐらいから、乾燥海苔を作り始める。

 

海苔をさらに洗い、きれいにする。

 

 

海水を切りミンチにする。

 

製品の照り、ツヤをよくするために熟練機で調整する。

ここでは海水分は抜けている。

 

 

海苔の濃度を調整し、さらに水を加えさらに調整する。

ここでの調整が難しい。(一枚、21×19cmの重さを330~350gにする)

 

 

いよいよすき始める。

 

おなじみの形で出てきた。

 

 

水気を切り、乾燥工程へ入る。

 

2時間40分乾燥された後、

海苔だ!! 1時間に約9千枚できる。

 

 

 

自動で束になり、箱詰めされ出荷される。

 

シーズン中は毎日、徹夜での作業が続く。

工場にご家族みんなで泊まり込むという。

 

――― シーズンオフはゆっくりできますか?

農家の作物づくりといっしょや。一年中なんかしとる。

網の手入れや、機械の調整やいっぱいすることがある。

なかなかゆっくりできんけどたまには、ゆっくり他の島にもいってみたい。

 

 

――― 養殖場へついて行ってもいいですか?

見せてあげたいけど、今日は波が高うてく素人には危なすぎるけんやめときまい。

また今度きまい。

 

ボートに立ってさっそうと沖に留めてある『潜り船』へ出かけていきました。

 

残念!!

せめてもと工場で香りを楽しんだ。

出来立ての海苔。焼くと香ばしい香りに満足。

磯の香りと味がした。

 

 

Uターンでご両親が始めた仕事を継いでゆく。

そんな、父親と、母親が働く姿を間近に見て育つ子がどんな選択をするのだろう。

 

――― 次の世代はどうですか?

子供たちは自由や。自分の好きにしたらええと思うとる。

 

 

寒く冷たい風の吹く一日だったが、私の帰りの気持ちはすがすがしかった。

 

竹林さんご夫妻、ありがとうございました。

 

 

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